所詮この世は弱肉強食 強ければ生き弱ければ死ぬ:るろうに剣心

幼少の瀬田宗次郎に語った、志々雄真実の信条

家ではつまはじきであった宗次郎。生きる意味もなく、養子となった家の邪魔にならないように生きていたが、この名言で生きる意味を見出し志々雄と共に歩むことになる。

弱肉強食

るろうに剣心第百三十一幕「宗次郎の過去-稲妻の狂乱―」より引用

「所詮この世は弱肉強食 強ければ生き弱ければ死ぬ」が使われた背景

十本刀最強にして、いつも笑顔を絶やさない優男のイメージがある宗次郎。

彼の笑顔は、幼少の虐待から自分を護る為(笑っていれば、呆れて暴力がやむと考えた為)でした。

しかし、志々雄は「上手に作り笑いを浮かべたところで真実からは逃れられない」と宗次郎自身も気づいていた事実を看破します。

それでも宗次郎は変わらなくてもいいと考えたが、志々雄を助けたことが気付かれ、家族に殺されそうになる。

初めは逃げていたが、志々雄からもらった脇差しの隠している場所へ逃げ込み、

志々雄の『ショセンコノヨハ ジャクニクキョウショク ツヨケレバイキヨワケレバ・・・」その意味を悟った宗次郎。

家族を惨殺後に志々雄と一緒に放浪することになります。

所詮この世は弱肉強食 強ければ生き弱ければ死ぬ」の意味を理解したからでしょうか、志々雄に「そうだな・・・おまえなら俺の次につよくなるかもな・・・」と言わしめた宗次郎です。

ただ助けたからだけでない、自分に似たところがあったからかもしれませんね。志々雄が優しく見える貴重な場面でもありました。

「所詮この世は弱肉強食 強ければ生き弱ければ死ぬ」は悪者のセリフか?

そもそも「弱肉強食」というのは、自然の摂理です。

命に直結しないまでも、実力・力があれば、会社や学校での地位は上がっていきますし、力が無ければ人にいいように使われていきます。

強いものが正義という志々雄の考えは極端すぎる為か、悪者の名言と捉えられがちです。

ですが、志々雄のこの名言は社会という構造を客観的に捉えているのではないでしょうか?

この言葉に納得するところがあったからこそ、宗次郎はこの言葉に生きました。

そして、剣心という「弱肉強食」とは真逆の存在に相対したため、己の精神を支えていた「弱肉強食」という支柱がゆらぎ精神の崩壊につながったのでしょう。

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コメント

  1. cco信者 より:

    社会という構造を客観的に捉えている

    まさにその通りだと思います。
    何気ない生活から、世界情勢まですべて弱肉強食の世界です。

    その中で這い上がっていくのか、それとも平和の道を模索するのかは人それぞれ分かれると思いますが、
    やはり志々雄様の様な生き様にあこがれてしまいますね。

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