人は城、人は石垣、人は堀:武田信玄

戦国最強と言われた武田軍総大将、武田信玄の名言

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なりの意味

人は城人は石垣人は堀

どれだけ城を強固にしても、人の心が離れてしまえば世の中を収めることができない。
熱い情を持って接すれば、強固な城以上に人は国を守ってくれるし、仇を感じるような振る舞いをすれば、いざという時自分を護るどころか裏切られ窮地にたたされるという意味。

武田信玄は、父親を追放し家督を継ぎ、実の息子を謀反の疑いで目付け(教育係)役共々切腹させたこともあり、普通であれば、非道の人間、恨みを色々かってそうな気がします。
しかし、武田信玄は領民から人気もあり、また配下からも信頼され、切腹させられた目付け役の兄弟は、武田軍の中心として活躍し絶大の信頼を寄せられていました。
戦国大名として、非情な面はあったが、基本は人を大事にし、信頼し合える関係を築いていたからこそ戦国最強とまで言われた武田軍を作ることができたと思われます。

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なりを日常で使おう

友達や同僚に使うには長いうえに、少し硬い名言です。
やはり、上司や先輩から部下などに使う場合に使うのがベストですね。
また、一般的には「人は城、人は石垣」まではよく知られているので、全部言うとこの人すごい!と思われるかも。

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なりの使用例

後輩「新人が偉そうに意見してきたんですよ!しかも、的外れだったんで適当にあしらってやりました」
先輩「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」
後輩「人は・・?なんですかその早口言葉」
先輩「どれだけ堅固な城でも、人を蔑ろにしたら滅びるという意味だよ。今回も、新人は的外れなことを言ったかもしれないが、ちゃんと接してやれば、お前の事頼れる先輩と思って、いざという時助けてくれるぞ」

補足

戦国時代と言えば、大名は堅固な城に住んでいるのが普通でした。
しかし、武田信玄はこの言葉の通り、城を持たず躑躅ヶ崎館を拠点としていました。
また近隣に、配下の武将を住まわせ、まさに人は城、人は石垣、人は堀となっていました。
このように信頼で結びついた武田軍でしたが、武田信玄が亡くなってからの武田勝頼の時代には、家臣団の分裂が起こります。
更に、長篠の合戦での大敗を機に一気に転落していき、身内にも裏切られたりと散々な最後となりました。
やはり人の大切さ・・・大事なことです。

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コメント

  1. 匿名 より:

    中学生くらいの頃、この言葉(人は城、人は石垣まで)を人を盾にした酷い言葉と解釈してた先生が居たなあ。
    たぶん後に続く言葉を知らなかったからこういう解釈が生まれたんだろうな。

  2. 匿名 より:

    真田丸見た後だとどんな固い城でも寝返らせれば落せるとかそういう方向で見てしまう

  3. 晋哉 より:

    今回のこの名言は非常に参考にしたい小さな企業家ですがまさに働く人を思い有り難うと言いたくなります又感じる事人とのせ接し方いかに難しく大切かを感じます、自分に厳しく人には優しく思い遣りを持つて接して行きたいと思いました、ただ互いに目標に向かっては甘える事なく接して行きたい❗

  4. くにお より:

    詩を書いた人は戦争体験者だよね
    1906年生まれらしいし

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