みんな地球で生まれてきたんだろう?そして何かに寄りそい生きた:寄生獣

泉新一と村野里美の会話から生まれた寄生獣を表す名言

そして何かに寄りそい生きた

寄生獣第63話「日常の中へ」から引用

「みんな地球で生まれてきたんだろう?そして何かに寄りそい生きた」の背景

市役所の攻防戦から一年が経ち、主人公泉新一は日常を取り戻しつつありました
浪人生となった新一は村野里美に勉強を教えてもらいながら、今までのパラサイトとの戦いを思い出し、人間や地球上の生物について考えます。

新一は後藤やパラサイトたちとの戦いを地球のための戦いではないし人間のためでもない、自分個人の戦いだったと振り返ります。
寄生生物側の立場には立てないし「他の生き物の気持ちがわかった気になるのは人間のうぬぼれ」であり、他の生き物を守るのも環境を守るのも人間のためだけど、それでいいしそれが全てじゃないかと思うのです。

そしてひとつの結論を出します。

人間を愛さずに地球を愛するなんて結局矛盾してるんだよ
これは、この物語の冒頭から続くテーマのひとつの結論でもあります。

そして新一は思います。

「あいつらはせまい意味じゃ「敵」だったけど広い意味では「仲間」なんだよなァ」

みんな地球(ここ)で生まれてきたんだろう?そして何かに寄りそい生きた…

新一と広川市長の「寄生」

第55話「寄生獣」にて広川市長が「人間一種の繁栄よりも生物全体を考える!!そうしてこそ万物の霊長だ!!」と持論を展開します。
今回の「人間を愛さずに地球を愛するなんて結局矛盾してるんだよ」という新一の至った結論とは真逆の考え方です。

そして広川市長は続けます。
「人間どもこそ地球を蝕む寄生虫!!」
「いや…寄生獣か!」

たしかに人間は地球の寄生虫でしょう。
いや寄生獣なのでしょう。
しかしそれは他の動物たち全てが同じです。
すべての動物がここで生まれ、地球に寄生しているのです。

新一は言います。

『みんな地球(ここ)で生まれてきたんだろう?そして何かに寄りそい生きた…』

「寄」りそい「生」きた。
寄生です。

広川市長の「蝕む寄生」と新一の「寄りそう寄生」。
人間がどちらの「寄生獣」になるのかはこれからの人間しだいかもしれません。

「寄生獣」の最後にこのような言葉が載せられています。

何かに寄りそい…やがて生命が終わるまで…

この言葉が「寄生」の意味であり、作者岩明均先生の願いなのかもしれません。

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