優しさで……救える程人間は甘くない:るろうに剣心の名言

左之助との死闘末敗れた、悠久山安慈のぽつりと出た台詞

優しさで救える程人間は甘くない

るろうに剣心 第百十二幕「前進」より引用

「優しさで……救える程人間は甘くない」が使われた背景

安慈は元々東北地方で戦争孤児を育てる優しい和尚でした。
ですが、明治政府の廃仏毀釈によって村に迷惑がかかるために去ることに。
しかし、欲に目をくらんだ村長達に寺に火をかけられ子供たち全員焼死してしまうことになってしまいます。

ただ、平穏に暮らしたい優しい和尚や子供の願いのささやかな願いすら叶えることのできない仏を捨てることに。
その際、安慈は孤児の一人の椿の焼けた死体のすすを塗り付け破戒僧になることを決意します。

5年後、優しさを捨てた安慈は、子供たちの敵である村長達を虐殺その後、二重の極みを体得。
旅の途中あった佐之助に、「明治政府が憎いもの」として、二重の極みを伝授したが、己と戦うことになる。
優しさを捨て、破戒僧になり、志々雄の同志になった安慈。
左之助も剣心たちと出会うまでは、赤報隊をニセ官軍として切った明治政府が憎かった。
しかし、剣心たちと出会い、憎しみだけではなく、人としての優しさを思い出し安慈の前に立った。

力が及ばないなりに、戦った左之助の言葉が耳に届いたのか、子供たちの言葉が聞こえた安慈。
最後は、誰にでもなく、自分でも納得できないから、「優しさで……救える程人間は甘くない」という名言がでたんでしょう。

優しさだけで生きていけるのか?

優しさというと平和、非暴力などというイメージがあります。
力がない優しさは、安慈のように不幸を生むと考えてしまいます。
大切なものを守る力は最低限必要であると考えれば、優しさを持ち合わせて強いという剣心は理想かもしれません。

しかし、誰もが彼のようなスーパーヒーローとはいきません。
それでも、優しいだけでは孤児の子供のように大切なものが不幸に巻き込まれることになってしまいます。

だから理想は「優しくて強い」だけど、「優しくて少し強い」でもいいじゃないかと。
「優しいから非力でもいい」なんていうのは、安慈のこの言葉を聞いて、理解したうえで言ってほしいなと、思います

安慈の名言を聞いて、フィリップ・マーロウの「強くなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」を思い出してしまいますね。

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