戦わないで勝つのが最善:豊臣秀吉

最高の勝利を得る戦略。豊臣秀吉の名言

戦わないで勝つのが最善

戦わないで勝つのが最善の意味

合戦というのは、突き詰めていくと「殺し合い」。敵にしろ味方にしろ多くの人が死にます。
この時代は兵士のほとんどが普段は田畑を耕す農民です。

また、戦争がひとたび起きれば、田畑は荒れて、町の活気はなくなり、米の買い占め等で物価が上がります。
そのしわ寄せはもちろん農民にいきます。

豊臣秀吉といえば、農民の出身。
自身は幼少のころより、命の危険、生活の危険にさらされてきました。
これも突き詰めていくと、「合戦」が大きな原因なのです。

その為か豊臣秀吉は、戦争が起きないように、相手と無駄な戦いをしないようにしてきました。
「余計な出費をしない、余計な命を散らさない=力を蓄える事が出来る」という考えの元、ここ一番では思いっきり力をふるえたのでしょうね。

戦わないで勝つのが最善を日常で使おう

現代の戦いの場は、殴り合いなどというより会議や話し合いなど。
オリンピックの際に出た、「ロビー活動」がちょうどこの言葉のように思えます。
裏工作が大事!みたいに言うと聞こえは悪いけど、根回しは円滑に進める上では、非常に大事です!

戦わないで勝つのが最善の使用例

同僚「同期Uの企画と俺の企画が残ったんだ。内容は別々の企画だけど、予算考えたらどっちかだけしかないかな」
自分「戦わないで勝つのが、最善。豊臣秀吉の言葉だよ。どっちもいい企画なら、お互い相談して、一件は後ろに回して、片方だけでも確実に通るようにした方がよくないか?」
同僚「確かに。急ぎじゃない企画を後にした方が通りやすいよね」

戦わないで勝つ豊臣秀吉のやり方

豊臣秀吉といえば、一晩で城を築いた「一夜城」や高松城の水攻め、難攻不落の小田原城を大軍で囲んで内部分裂を促したりと、敵の士気をくじく作戦を多く用いて、兵士に犠牲が出ない戦い方をしていました。
更に合戦以外でも、清州会議においても事前に丹羽長秀、池田恒興といった重臣を取り込むことで争いの回避を狙ったり、徳川家康の上洛を促すために、妹の旭(あさひ)を嫁がせ、母親を人質に出したりと戦争を回避、もしくは大きくしないように努力を惜しまなかったのです。

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コメント

  1. 匿名 より:

    孫子の兵法、戦わずして勝つですね

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